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こうい

好意

豊島 与志雄

「改造」1924(大正13)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,059 字 · 40 页

青空文庫

」

その時敏子さんが心持ち眼を丸くして、ちらと微笑の影を浮べたので、私は大変心が軽くなるのを覚えた。そして一寸病室に通して貰った。

私の考えでは、晴々とした顔付でいっていって、昨日のことなんかはけろりと忘れはてた様子で、当り障りのない挨拶をして、少くとも表面は黙殺で一切のけりをつける、とそういうつもりだった。変に相手の気持を探ろうとするようなことよりも、呑気を装ったこの芸当なら、私にもよく出来そうだった。所が病室の前までくると、変に何か重苦しいものに威圧される心地がして、頬の筋肉が独りでに硬ばってくるのを覚えた。

吉岡は仰向きに寝ていた首を少し私の方へ向けかけたが、すぐにまた元の姿勢に返った。私は少し離れた所に坐りながら、云訳でもするような調子で云った。

「ぶらりと散歩に出てみた所が……。」その時、先刻見た東の空を出たばかりの綺麗な月が私の頭に映った。「あんまり月が綺麗なものだから、当もなく歩いてるうちにこの近くまで来たので、一寸寄ってみた。外はいい月夜だよ。」

「え、そんなにいい月なのか。」

何気なく云ったことが不思議に強く反応したので、私は少し面喰った。