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ようふんろく

妖氛録

中島 敦

「中島敦全集 第四巻」文治堂書店、1959(昭和34)年6月刊

N1 · 挑战 · 新字新假名 · 5,005 字 · 11 页

青空文庫

一子狐庸を久しく呉国に留まらせたのも、一つには斯うした顧慮からである。貞淑な夏姫が家に来てから、頓に索莫となった身辺を顧みて、彼は愕然とする。巧みな術策によって競争者を出し抜き、うまうまと手に入れたと思ったのだが、手に入れたのは果して、どちらだったのか? 自分はもう夏姫を欲してはいないのだと思う。その頃の己と、今の己とは、丸で違って了っている。ただあの女を求めるという昔の意志の方向だけが、自分から独立して、習慣として残っており、それが今も、支配を振おうとしているだけだと、そう思うことがある。彼は近頃、自分の生命が最早下り坂を急ぎつつあるのを認めない訳には行かない。精神と肉体との衰えが余りにもハッキリと意識されるのである。或る時、夕暮の微光の中に、妖気を吐き尽した白狐の如く端然と坐った夏姫の姿を横あいから眺めた時、如何に自分の運命がこのものの為に高い価を払わねばならなかったかを巫臣は始めてマザマザと感じた。思わず慄然とし、だが、次の瞬間、何故かしらぬが、わけの判らぬ妙なおかしさが込み上げて来た。こんな莫迦げた踊りを(白狐のような夏姫も所詮は操られたにすぎぬのだ)己の一生の無意味さが他人事のように眺められたのである。