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おんなけいず
婦系図
泉 鏡花
「やまと新聞」1907(明治40)年1~4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 172,760 字 · 343 页
女中も居るが、母様の躾が可いから、もう十一二の時分から膚についたものだけは、人手には掛けさせないので、ここへは馴染で、水心があって、つい去年あたりまで、土用中は、遠慮なしにからからと汲み上げて、釣瓶へ唇を押附けるので、井筒の紅梅は葉になっても、時々花片が浮ぶのであった。直に桃色の襷を出して、袂を投げて潜らした。惜気の無い二の腕あたり、柳の絮の散るよと見えて、井戸縄が走ったと思うと、金盥へ入れた硯の上へ颯とかかる、水が紫に、墨が散った。
宿墨を洗う気で、楊枝の房を、小指を刎ねてりはじめたが、何を焦れたか、ぐいと引断るように邪険である。
ト構内の長屋の前へ、通勤に出る外、余り着て来た事の無い、珍らしい背広の扮装、何だか衣兜を膨らまして、その上暑中でも持ったのを見懸けぬ、蝙蝠傘さえ携えて、早瀬が前後をしながら、悄然として入って来たが、梅の許なるお妙を見る……
「おお、」
と慌しい、懐しげな声をかけて、
「お嬢さん。」
お妙はそれまで気がつかなかった。呼れて、手を留て主税を見たが、水を汲んだ名残か、顔の色がほんのりと、物いわぬ目は、露や、玉や、およそ声なく言なき世のそれらの、美しいものより美しく、歌よりも心が籠った。