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こをうばう
子を奪う
豊島 与志雄
「中央公論」1921(大正10)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,292 字 · 80 页
それは瀬戸の伯父がつけてくれた名前だった。
家の中には急に種々なものが増えてきた。幾代と兼子との夢想は実現されていった。兼子の身体も肥ってきたようだった。彼女の膝の前には、美しい友禅模様の布が並んだ。彼女と幾代とは、新しい玩具をいじっては微笑んでいた。彼も時々その仲間にはいった。幾代は二度ばかり三田へ行った。その度毎にいい子だとほめていた。
それでも、影のような不安が、彼の心をふと掠めることがあった。凡ては未解決のまま単に通り越されたのみだった。兼子の病気と手術と不妊との問題、依子の運命の問題、彼と兼子と依子と敏子との今後の心的交渉の問題、それらが表面上は解決された形になりながらも、彼の心のうちでは少しも解決されたのではなかった。ただ次から次へと移り変っていったのみだった。と云って、それは解決される問題でもなかった。凡ては未来に懸っていた。それを考えると彼は、現在の立場が悉く幻ではないかというような、はかない不安な気持ちになった。それならばどうしたらいいのか? どうといって仕様はなかった。ただ未来を信じて進むのだ。思い切って凡てにぶつかってゆくのだ。