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こをうばう
子を奪う
豊島 与志雄
「中央公論」1921(大正10)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,292 字 · 80 页
永井が私へいろいろいやなことをすすめますけれど、私はだんじてそんな悪いことを致したくはございません。広島にいとこがございますので、相談致しますと、すぐ来いといってきました。手びろく乾物屋を致して居ります。今晩たつことに致しました。一度お伺いしたいと存じましたが、依子さんのために悪いと思いまして、このままたちます。もし永井が参りまして、何かと申しましても、何にも知らないとおっしゃって、相手になって下さいますな。お願い致します。依子さんのことをお頼み致します。お身体御大切にあそばしませ。皆々様へよろしく申上げます。御恩のほど一生わすれは致しません。広島からお手紙を差上げてもよろしゅうございましょうか。皆々様御身体御大切に御願い致します。
彼は涙が出て来るのを、じっと我慢した。兼子が何か云おうとするのを押し止めた。依子がこちらを見ていたからであった。彼は依子の目と耳とを恐れた。
依子は向うの隅に、玩具を前に置いて遊んでいた。膝のないその小さな坐り姿を見て、彼は何とも云えない気がした。家に「不姙性」の子供が一人ふえたのだ、と彼は思った。依子をそうなさしたのは、彼女をその母の胸から奪って来たがためではなかったか。