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こをうばう
子を奪う
豊島 与志雄
「中央公論」1921(大正10)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,292 字 · 80 页
と云った。
この子は深い愛撫には堪えないのか、もしくはそれを嫌いなのか? と彼は考えて見た。然し、何れとも分らなかった。彼がぼんやりと考えていると、依子はじろじろ彼の様子を眺め初めた。彼はそれを気付いて、そっと向うを見返した。依子は俄に立って来て、黙って彼の膝に乗った。然し彼にはもう抱きしめるだけの気が起らなかった。嫌な気さえした。「お母様に抱っこしていらっしゃい。」と彼は云った。
依子は素直に兼子の方へ行った。暫くして彼が覗いてみると、二人は少し離れて坐っていた。依子はむっつりしていた。兼子は冷かな横目で、時々その方を見やっていた。しまいには兼子は涙をぽろりと落した。そして依子を抱いたが、すぐにまた下に置いて、ぷいと立っていった。
そこへ――依子を引取ってから二十日ばかりの後に、敏子から幾代宛の手紙が来た。幾代は眼を濡ませながら、それを彼の所へ持って来た。彼は読んだ。
私事、この度広島へ行くことに致しました。依子さんのことをお頼み致します。昨日瀬戸様へお目にかかりまして、無事に皆様からかあいがっていただいていることを承りまして、涙が出るほどうれしく存じました。