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あんごのしんにほんちり

安吾の新日本地理

坂口 安吾

07 飛騨・高山の抹殺――中部の巻――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,650 字 · 54 页

青空文庫

さきの日本武尊の路を逆に行ったものでしょう。その前年に蘇我馬子が死んでいます。その結果として大争乱が帝都に起って、クーデタの結果としてある氏族の大群が東国へ逃れる事情が起ったのだろうと思います。この族類がこの路に沿うて古くから移動往来していたことは古代史上からも遺跡からも見ることができます。

それから三十余年後の斉明天皇六年(西暦六六〇年)に、こんどは逆に、信濃の東方から西方へ向って群蠅が巨坂を飛びこえたとある。群蠅が帝都を逃げて田舎に散り隠れる理由がなくなったか、帝都の方で群蠅の帰還助力を必要とする何事かが起ったのかも知れない。

それから四十年ほどの間に斉明、天智、弘文、天武、持統とすぎて次の文武天皇の大宝二年(西暦七〇二年)に美濃と木曾の間に新しく道をつくりました。それから十二年後にも美濃と信濃の境の道が険阻だからと之を廃して木曾路を新設しております。十二年前の木曾路が完成したのか、それを廃して更に新道をつくったのか知れませんが、以上から結論せられる重大なことは、

「古い時代の方が御岳、乗鞍という三千余メートルの高山にはさまれた難険の峠を通っており、次第に海岸側へ、木曾川ぞいの道がひらけている。