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たぬきじる

完本 たぬき汁

佐藤 垢石

佐藤垢石『完本 たぬき汁』。同一底本的分册已合并为一书。收入:たぬき汁、『七面鳥』と『忘れ褌』、海豚と河豚、うむどん、縁談、議会見物、採峰徘菌愚、酒渇記、酒徒漂泊、すっぽん、増上寺物語、淡紫裳、探巣遅日、盗難、濁酒を恋う、にらみ鯛 、春宵因縁談、姫柚子の讃、美音会、みやこ鳥。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,158 字 · 273 页

青空文庫

このほど私は、故郷の上州の榛名山の麓の村へ行ったところ、私の子供のときの収穫時の風景とは、まるで変わっていた。石油発動機が庭の真ん中で凄い響きを立てて唸り、稲扱万牙も唐箕も摺臼も眼がまわるような早さで回転していた。

浅間山の方から吹いてくる霜月の寒い風が、庭のほこりを小さくつむじに巻いているなかに、祖母や母が手拭を姐さんかぶりにかぶって、稲を一振りずつ振りとっては、先祖伝来の稲扱万牙に打ちつけていた姿は、いまはもう遠い昔の思い出だ。

父や作番頭は唐箕や、摺臼に忙しい。そこへ祖父が、燗鍋に濁酒を入れてきて、

『みんな、こっちへきな。一杯やるべえよう』

と言って呼んでいた俤がなつかしい。土塀のそばに、枯れた桑の根っ子が燃えていた。私ら子供は、その火で唐芋の親を焼いて、ほかほかと皮を剥いて食べていた。

村の役場も、洋館建てになった。洋食屋ができて、トンカツを売っている。碓氷峠の方へ通う路は、このごろ県道になってバスが砂塵をあげて走っている。

石油発動機と、濁酒とはどうしても結びつけて考えられない。『濁酒』と書いた紺色の旗が寒風に翻っている時の居酒屋が、店を閉じてからもう幾年になるだろう。