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いえ
家
島崎 藤村
01 (上)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,748 字 · 254 页
まだ蚊帳が釣ってあって、一方に内儀、一方にMさん、とこう達雄さんを逃がさないように附いて寝ていた。達雄さんが俺の方を向いたその時の眼付というものは……」
森彦は何か鋭く自分の眼でも打ったという手付をして見せて、言葉を続けた。
「それから、Mさんと俺とで、懇々説いてみた。実に平素の達雄さんには言えないようなことを言ったよ――自分は何もかも捨てたものだ――妻があるとも思わんし、子があるとも思わん――後はどう成っても関わないッて。最早仕方無い。その言葉を聞いて、吾儕は別れた」
「エライ発心の仕方をしたものだ。坊主にでも成ろうというところを、少婦を連れて出て行くなんて」
と三吉は言ってみたが、曾て橋本の家の土蔵の二階で旧い日記を読んだことのある彼には、この洒落と放縦とで無理に彩色してみせたような達雄の家出を想像し得るように思った。いかに達雄が絶望し、狼狽したかは、三吉に悲惨な感を与えた。
「あの時吾儕の会見したことは、ちゃんと書面に製えて、一通は記念の為に正太へ送ったし、一通は俺の許に保存してある」こう森彦は物のキマリでもつけたように言った。
「姉さんは委しいことを知っていましょうか」