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いえ
家
島崎 藤村
01 (上)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,748 字 · 254 页
旧い日記だ。何気なく三吉はその一冊を取上げて見た。
直樹の父親の名なぞが出て来た。それは三吉が姉と一緒に東京で暮した頃の事実で、ところどころ拾って読んで行くうちに、少年時代の記憶が浮び揚った。その頃は姉の住居でもよく酒宴を催したものだった。直樹の父親が来て、「木曾のナカノリサン」などを歌い出せば、達雄は又、清しい、恍惚とするような声で、時の流行唄を聞かせたものだった。直樹の父親もよく細い日記をつけた。これはそう細いという方でもないが、何処か成島柳北の感化を思わせる心の持方で、放肆な男女の臭気を嗅ぐような気のすることまで、包まず掩わずに記しつけてある。思いあたる事実もある。
静かな蔵の窓の外には、熱い明るい空気を通して庭の草木も蒸されるように見える。三吉はその窓のところへ行って、誰がこの柳行李の蓋を取て置いたかと想像した。あるいは正太がこの隠れた場処で、父の耽溺の歴史を読みかけて置いたものではなかろうか、と想ってみた。
重い戸を閉めて置いて、三吉は蔵の石階を下りた。前には葡萄棚や井戸の屋根が冷しそうな蔭を成している。横にある高い石垣の側からは清水も落ちている。