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ふじ

富士

岡本 かの子

「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,579 字 · 82 页

青空文庫

一年は過ぎたが不思議とその日は翁が福慈岳の女神を訪ねたと同じ頃で、この辺の新粟を嘗むる祭の日であった。岳神の家は幄舎に宛てられていた。神楽の音が聞えて来る。

山の祖神の予感に違わず、この筑波の岳神は、自分の息子の末の弟だった。

しかし息子は、父親の神の遥々の訪れをそれと知るや、直ちに翁を家の中へ導き入れ、紹介せたその妻もろとも下へも置かない歓待に取りかかった。そうしながら祭の儀も如才なく勤めた。

その妻は翁の山占い通り、いささか良人より年長で良人の岳神を引廻し気味だった。彼女はいった。

「ふだん、どんなにか、お父上のことを二人して語り暮らしておりましたことでしょう。有難いことですわ。これで親孝行をさして頂けますわ」

家の中のいちばんよい部屋を翁のために設けて呉れた。この山に生るものの肥えて豊なさまは部屋の中を見廻しただけでも翁にはすぐそれと知れた。

黒木の柱、梁、また壁板の美事さ、結んでいる葛蔓の逞しさ、簀子の竹材の肉の厚さ、翁は見ただけでも目を悦ばした。敷ものの獣の皮の毛は厚く柔かだった。

壁の一側に机を置き、皿や高坏に、果ものや、乾肉がくさぐさに盛れてある。