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ふじ
富士
岡本 かの子
「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,579 字 · 82 页
蹄で蹴鋤いた赤土はほかほかしている。
山の祖神は、あたりを見廻した。見ているものは保与のついた山松ばかりだった。翁は相撲場の中へ入り瓜わらべを土の上へ抱き下した。
螺の腹にえび蔓の背の形をした老翁と、筒形の瓜わらべとは、猫が毬を弄ぶように、また、老牛が狼に食まれるように、転びつ、倒れつ千態万状を尽して、戯れ狂った。初冬の風が吹いて満山の木が鳴った。翁は疲れ切って満足した。瓜わらべにちょっと頬ずりして土に置いた。瓜わらべの和毛から放つらしい松脂の匂いが翁の鼻に残った。
翁はしばらく息を入れていた。瓜わらべは小竹の中へ逃げ込みそうなので片手で押えた。
膝がしらがちくちく痛痒い。翁が検めみると獣の蝨が五六ぴき褌の上から取り付いていた。猪の相撲場の土には親猪が蝨を落して行ったのだった。
「こいつ」
といって翁は、膝頭の蝨を、宝玉を拾うように大事に、一粒ずつ摘み取る。老いの残れる歯で噛み潰した。獣の血臭いにおいがして翁の唇の端から血の色がうっすりにじんだ。満山の風がまた亙る。
翁にはもう何の心もなくなった。手を滑った瓜わらべは逃れて小竹の茂みに走り込んだ。代りに親猪の怒れる顔面を翁は保与のついた山松の根方に見出した。