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てらださんにさいごにあったとき

寺田さんに最後に逢った時

和辻 哲郎

「渋柿」1936(昭和11)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,287 字 · 3 页

青空文庫

ところが聞いてみると寺田さんの方でも松根氏との約束を延ばし延ばししている内についこんな日に出掛けることになったのだそうである。しかもその朝東京から出掛けて来た自分たちと軽井沢に逗留していられる寺田さんたちとが、こうして同じ電車に落ち合ったのである。

が、寺田さんと話しているうちにこのような偶然よりも一層強く自分を驚かせるものがあった。何か植物のことをたずねた時に、寺田さんは袖珍の植物図鑑をポケットから取り出したのである。山を歩くといろんな植物が眼につく、それでこういうものを持って歩いている、というのである。この成熟した物理学者は、ちょうど初めて自然界の現象に眼が開けて来た少年のように新鮮な興味で自然をながめている。植物にいろんな種類、いろんな形のあることが、実に不思議でたまらないといった調子である。その話を聞いていると自分の方へもひしひしとその興味が伝わってくる。人間の作る機械よりもはるかに精巧な機構を持った植物が、しかも実に豊富な変様をもって眼の前に展開されている。自分たちが今いるのはわびしい小さな電車の中ではなくして、実ににぎやかな、驚くべき見世物の充満した、アリスの鏡の国よりももっと不思議な世界である。