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からすうりのはなとが
寺田寅彦随筆集 第三巻
寺田 寅彦
寺田寅彦『寺田寅彦随筆集 第三巻』。同一底本的分册已合并为一书。收入:からすうりの花と蛾、火山の名について、日常身辺の物理的諸問題、量的と質的と統計的と、物理学圏外の物理的現象、ロプ・ノールその他、青衣童女像、カメラをさげて、連句雑俎、ラジオ・モンタージュ、青磁のモンタージュ、読書の今昔、映画の世界像、「手首」の問題、映画雑感(Ⅰ)、生ける人形、映画芸術、音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」、俳諧の本質的概論、夏目漱石先生の追憶、田丸先生の追憶。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 213,804 字 · 425 页
上は摂政関白武将より下は士農工商あらゆる階級の間に行なわれ、これらの人々の社会人としての活動生活の侶伴となってそれを助け導いて来たと思われる。風雅の心のない武将は人を御することも下手であり、風雅の道を解しない商人はおそらく金もうけも充分でなかったであろうし、朝顔の一鉢を備えない裏長屋には夫婦げんかの回数が多かったであろうと思われる。これが日本人である。風雅の道はいかなる積極的活動的なる日本にも存在すべきものなのである。
風雅は自我を去ることによって得らるる心の自由であり、万象の正しい認識であるということから、和歌で理想とした典雅幽玄、俳諧の魂とされたさびしおりというものがおのずから生まれて来るのである。幽玄でなく、さびしおりのないということは、露骨であり我慢であり、認識不足であり、従って浅薄であり粗雑であるということである。芭蕉のいわゆる寂びとは寂びしいことでなく仏教の寂滅でもない。しおりとは悲しいことや弱々しいことでは決してない。物の哀れというのも安直な感傷や宋襄の仁を意味するものでは決してない。これらはそういう自我の主観的な感情の動きをさすのではなくて、事物の表面の外殻を破ったその奥底に存在する真の本体を正しく認める時に当然認めらるべき物の本情の相貌をさしていうのである。