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ちいさなやぎのきろく
小さな山羊の記録
「作品 第四号」1949(昭和24)年10月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,402 字 · 19 页
然し、破局が来た。それは当然来るべきものであったろう。
私は秋の深まる頃から、アドルムの量が二十錠を必要として、ようやく三時間ほど眠り得る程度に衰えていたが、それらの薬品中毒の症状が、ぬきさしならぬものとなっていた。
洟汁の流れが間断なく、一分以上洟をかまずにいるということが出来ない。かみ残された何分の一かは常に間断なく胃に流れこみ、終日吐き気を忘れることが出来なくなっていた。
つゞいて皮膚が、たえがたく、かゆくなった。はじめは虱などのせいかと思い、夜毎にD・D・Tをまいたが反応がないので、常に家に硫黄風呂を絶やさず、朝から夜中まで四五回ずつ、風呂につかった、然し、全身の掻ゆさは増すばかりであった。
気分転換が何より必要だから、キャッチボールをしたり、フリーバッチングをしたりしたが、やがて、その気力も失った。それと同時に、もはや一行も書き得なくなった。それは去年の十二月半頃からのことであった。もはや外出の気力も失ったのである。
私は、然し、さらに、勇気をふるい起した。
私の長篇小説の舞台の三分の一ほどが京都になっていた。私は以前、一年半ほど京都に住んでいたが、十何年も昔のことで、もう、京都の言葉が思いだせない。