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やまつばき

山椿

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1948(昭和23)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,911 字 · 32 页

青空文庫

けれども待つことに異存はなかった。そのあいだに精神的な接近ができると想ったから、――正月になるとすぐ急に多忙になった。四月に藩主が江戸から帰る、それまでに本丸の東御殿を改築せよという命令が来たのだ。ずいぶん大掛りな設計で、入費や用材の点から相当に無理をしなければならない、彼は城中に幾晩も泊った、資材購入のために数日がかりで旅行した。勘定役所や納戸方などと絶えず折衝し、重役に了解を求め、工匠たちの割り振りに頭を悩ました。そして家へ帰るときには、心から休息と慰安が欲しいと思うようになった。

勿論その望みは協えられなかった。家の中は、いつも空堂のようにひっそりしていた、妻は食事の給仕に坐る、着替えも手伝う、送り迎えもする。だがそれだけだった。俯向いて、執拗に俯向いたままで、手を膝に置いて、しんとしている。足音もせず空気も動かさずに歩く、口から出るのは、「はい」というひと言に殆んど限られている。――召使たちにもそれが影響した、彼等も囁くように話し、歩くのに足音をぬすむ、みんなが聞き耳を立て、息をころして、なにかをじっと待っているという感じだった。……きぬの亡母の喪がもう明けたということに気づいたのは、こういう状態に耐えきれなくなったときであった。