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とうげにかんするに、さんのこうさつ

峠に関する二、三の考察

柳田 国男

「太陽」1910(明治43)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,027 字 · 10 页

青空文庫

て、それを見ながら下りる方が便である。それは第一に足が沾したくない上に、山の皺というものは裾になるほど多いから、上で一回廻るべき角は、中腹以下で数回廻らねばならぬためである。故に折角分水線の最低部に到達しておきながら、更に尾根づたいに高みへ上った上で始めて降路を求めるものもある。即ち鞍部では十分に見通しのつかぬ処から、わざわざ骨を折って乾いた小路を捜すのである。右の如く解すれば同じ峠路の彼方此方でも、先ず往来を開きかけたアクチーフの側と、これを受けこれを利用したるパッシーフの側とは分明であって、少なくとも初期の経済事情を知ることが出来るのである。実例を挙げても今の路が古道でないとすればむだになるが、相模の佐野川村から武蔵の元八王寺村へ越える案外峠は、案外にも武蔵が表で相模が裏、越中の国境荘川の上流に横わっている尾瀬峠は、平野地方が裏で五箇山の山村が表であるのはさもありなん。羽後由利郡の本荘西方から、雄物川平原の浅舞横手へ越える峠は、海岸部の方が表口、肥後山鹿の奥岳間村から筑後の矢部へ越える冬野の山道は、複雑していたが肥後の方が表だったと記憶する。