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くずれるおにかげ

崩れる鬼影

海野 十三

「科学の日本」博文館、1933(昭和8)年7月~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,100 字 · 69 页

青空文庫

「呀ッ!」

と私は口の中で呟きました。たしかに耳に聞えました。気のせいにしては、あまりに鮮かすぎます。

誰か来て下さい――といっているようにも思われる救いを求める声が、間もなく続いて聞えて来ます。魂ぎるような悲鳴です。月明の谿々に、響きわたるさまは、何というか、いと物すさまじい其の場の光景でした。私の足は、もう云うことをきかなくなって、棒のように地上に突き立ったまま、一歩も進みません。細かい震えが全身を襲って、止めようとしても止りません。

「誰か呼んでいるぜ」兄は立ち止ると、両掌を耳のうしろに帆のようにかって、首をグルグル聴音機のように廻しています。

「兄さん、兄さん」

「おおッ、こっちだ」兄はハッと形を改めて私の手を握りました。「たしかにあの家らしい。民ちゃん、さあ行ってみよう」

そういうなり兄の荘六は、私の手をひいたままひた走りに走り出しました。私も仕方なしに走りました。白い山道に、もつれ合った怪しい影が踊ります。二人の影です。

満月の夜だったことをハッキリと後悔しました。せめて月が無ければ、こんなにまで荒涼たる風光に戦慄することはなかったでしょう。