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かわなみ

川波

久生 十蘭

「別冊文藝春秋 第五十一号」1956(昭和31)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,022 字 · 18 页

青空文庫

「倫子さん、ロンドンへ帰るのかい」

和田がたずねると、倫子は、

「どうしたって、それゃ、帰るだろうじゃありませんの。離縁になったわけじゃないんですもの」

といって笑った。

「いままでブラブラしていたくせに、あぶなくなってから、あわてて帰りかけるなんて、意味のないことをするもんだ。豊川がいくらひきうけたって、戦争がはじまるモーメントなんか、誰にだってわかるもんじゃないから」

「でしょう? だからこそ、帰るんじゃありませんの。日本へ逃げていたおかげで、助かったなんて言われるの、癪だからよ。三池の家の人たちなら、言わずにはいないわ」

「わからない話だな。戦争というなら、日本にいるほうが、もっとあぶないじゃないか。ともかく、意味ないよ、こんなときに船に乗るなんて……おれのほうは差迫った用があるから、しょうがないが」

「あなたもいらっしゃるんでしたの。おなじ船じゃないかしら……あたしのは、この二十三日のクレーデルという独逸の船」

「おれのもそれだよ。いまのところ、安全なのは独逸の船だから」

すると倫子が、

「あら、そうだったの」

と拍子抜けがしたような白けた顔をした。

「なんだい、その顔は」