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いちろうのみせ

市郎の店

豊島 与志雄

「國民六年生」1942(昭和17)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,067 字 · 9 页

青空文庫

二

けれど、誰も声をかけてくれる者はありませんでした。

おばさんの方の絵葉書や玩具はよく売れました。

おばさんは店を片附けながらいいました。

「市ちゃんの大事な貝殻だものね。やたらに売らない方がいいよ。」

市郎は腕を組んで顔をしかめました。

次の土曜日と日曜日も、同じことでした。ぞろぞろ通る人はたくさんあっても、市郎の貝殻に手を出す客はありませんでした。

洋服を着た二人づれの小さな娘が、ちょっと貝殻の前に立止りましたので、市郎はいいました。

「南洋からきた貝殻だよ。一つずつあげよう。」

そして大きな貝殻を取って差出しましたが、二人の娘はもう向うへ逃げていきました。

おばさんは笑っていいました。

「市ちゃんの大事な貝殻だからね。そう、やけなことをしちゃいけないよ。」

二

貝殻が少しも売れないのを、市郎はふんがいしました。世界の四方の海洋からきたさまざまな貝殻、美しい色や模様に輝いている貝殻、じっと見ていると勇ましい波やきれいな砂浜が眼に浮んでくる貝殻、それが一つも売れなくて、玩具や絵葉書ばかり売れるのは、どうしたことだろう……。

土曜日の午後、市郎は考えこんで、丘の方をぶらつきました。