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ほ

帆

宮本 百合子

「文芸春秋」1927(昭和2)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,973 字 · 25 页

青空文庫

空の中頃に二かたまり、大きく雲が現れた。その雲に西日が遮られ、屈曲した強い光線が海面に落ちた。先刻から吹き始めた風を孕んで、沖にいた帆船が或る距離を保ちながら帰って来た。丁度その塊雲の下と思われる地点へさしかかると、急に船は暗い紅色の帆をあげて走って来るように見えた。それは真先ので、次の船の帆は、オリーヴ色に変色した。最後に来る一つは濡れて光る鼠色の布地を帆に張りあげているようだ。

他に船はない。

その三艘だけが、雲のために黝み始めた海上を、暗紅色の帆、オリーヴ色の帆、濡れた鼠の帆と連なって、進行して行く。

それ等が始め色が変ったと同じ順序で元のような普通の帆の色になったのは余程行ってからであった。

尾世川と藍子とは、最後の鼠色の船が、先ず船首の端から明るみ、帆の裾、中頃ぐらい、段々遂に張った帆の端が真白になってしまう迄、瞳を凝し見守った。

「……変だなあ……」

藍子が、眼をしぼしぼさせながら、若々しい驚きを面に現して云った。

「……何だか目が当にならないみたいでしょう? ああやって行くところを見れば、ただの漁師船に違いないけれど」

「ふむ。私も始めてです――幽霊船の話も嘘だとばかりは云えませんね。