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おびひろまで
帯広まで
林 芙美子
「文藝春秋」1936(昭和11)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,656 字 · 28 页
仕事を済ませて一人で宿へ帰ると、六月だと云うのに、伊代のパナマ帽子は寒気に見えた。宿へ帰ってからも、伊代は、九太を尋ねてゆく方法を色々考えていた。旅ぞらへ来ていれば九太にしたって懐しがってくれるに違いないと思った。
部屋へは誰もまだ帰っていなかった。霧笛を聴きながら、どんなつてを求めて逢いに行ったらいゝものかと思った。一年たった今頃、九太の事はさっぱり思い出さないつもりでいて、どんな場所でも神わざのように思い出せるのは、やっぱり自分の方に未練があるからだと思った。「逢いたかったのよ」と優しいことを云いたい。九太はきっと、その言葉にもろくなって来るだろう。
その翌日伊代達は帯広の街へ行った。
駅の前からアカシアの並木が繁っている。附近の湖へ行くバスが出ていた。白い服を着た西洋婦人が乗っていた。宿へ着くと、伊代はすぐ電話帳を借りて、映画館の電話番号を調べてみた。妙に胸さわがしい気持ちである。九太のいまの細君に知られた処で、少しもひるむ処はないと自答するのであったけれど、伊代の胸は動悸が激しく鳴っていた。――帯広は淋しい街であった。一本筋の広い大通りに風が冷たかった。