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ひらがなのせつ

平仮名の説

清水 卯三郎

「明六雜誌 第七號」明六社、1874(明治7)年5月17日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,222 字 · 5 页

青空文庫

ゆえに欧、米諸州のごとき、みな自国言語と同き文章をもって先務とす。米国のごとき、英と一様の言語なおよく自国の文章を作る。さらに英書翻刻のごとき、自ら改め編じて自国語脈の文章となす。その関するところ観るべし。近ごろ聞く、清国、生徒を他邦に学ばしむるに、別に自国言語、文章の先生を附すという。その心を用うる、思うべし。しかりしこうして、我邦ひとりこれを他邦に取るものは何ぞ。けだし慣習癖の自ら改むべからざると、愛国心のもっとも足らざるとによる。およそ読易く、解り易く、言語一様の文章を記して、もって天下に藉き、民の知識を進ましむるものは、もとより学者・教師の任なり。しかるにこれを捨て、その習うところに慣れ、奇字、新語を挿んでもって誇る者は、おおいにその職を怠る者なり。謹んで顧みずんばあるべからざるなり。また片仮名を知る者もまた天下多しとせず。これをもって余はただ平仮名を用うることを主張す。およそ平仮名の通常たる、招牌、暖簾、稟帖、稗史の類、観てみるべし。すなわち余が舎密の階を訳述して同志に謀るゆえんなり。

西村先生、西先生の説を駁して曰、皮、側、川のごとき三字同訓、その混雑を如何せんと。