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まぼろしのかなた

幻の彼方

豊島 与志雄

「中央公論」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 41,763 字 · 84 页

青空文庫

いきなり飛びついていって、両肩に手をかけてぐんぐん押えつけてやった。

「お止しなさいよ、苦しいから。」

彼はなお力を入れた。彼女の小さなまるまっちい身体を、其処に押しつぶし、畳の上にごろごろ転がして、それから両腕で胸に抱きしめてみたかった。肩の手を離して、上から押被さりながら、両膝の下に手先を差入れて、坐ったまま持ち上げた。彼女は笑いながら身を※(「足へん+宛」、第3水準1-92-36)いた。※(「足へん+宛」、第3水準1-92-36)くはずみに彼の手から滑って、其処にどしりと落ちて倒れた。

彼はぼんやりつっ立ったまま待っていた。が彼女は長く起き上らなかった。しまいには肩ではあはあ息をしだした。心配になって覗き込むと、彼女はがばとはね起きて身を退いた。

「あなたはそんなにお胎の児が憎いんですか。」

冗談にしては余りに声の調子が落着いていた。姙娠前に、ふざけるつもりから喧嘩になって、手荒くつき飛されたりなんかした後で、そんなに私が憎いんですか、と彼女はよく云ったけれど、上っ調子のその言葉は、攻撃的なだけで根深くはなかった。それが今は、腹の底から彼に対抗しようとしていた。