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まぼろしのかなた

幻の彼方

豊島 与志雄

「中央公論」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 41,763 字 · 84 页

青空文庫

透き通るように蒼白い顔の皮膚をたるまして、枕の上にがっくりとなっていた。疲労の余りに興奮した眼だけが、僅かに生気を示していた。

「大丈夫?」

「ええ。」と出るか出ないかの声で彼女は首肯いた。そして赤ん坊の方を、眼付でさし示した。

彼は不思議なものをでも見るような気で、初めて赤ん坊の方を覗き込んだ。皺寄った額、閉じた眼、小さな口、鼻だけがつんと高かった。真赤なぶよぶよの皮膚に、金色の産毛が透いて見えた。眺めていると、前から知ってる顔のような気がしてきた。それがじっと、何時までたっても動かなかった。

生きているのかしら?

指先で頬辺を一寸つっつくと、生温いつるりとした感触がした。喫驚して手を引込める間に、赤ん坊は唇のあたりをかすかに震わした。

「まだ余りお触りなすってはいけませんよ。」と産婆から注意された。

「生きていますね。」と彼はうっかり云ってしまった。

「生きていらっしゃいますとも!」

「でも息をしていないようだったから……。」

産婆が声高く笑い出し、秋子が口許に微笑を浮べたので、彼は漸く安心した。

女中が盥や上敷を片付けた頃、秋子は俄に腹痛を訴えだした。