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まぼろしのかなた

幻の彼方

豊島 与志雄

「中央公論」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 41,763 字 · 84 页

青空文庫

ともすると、膝から下がすぐに冷たくなった。

どうにも仕方のない状態だった。親戚や親しい知人の見舞客があっても、彼女は別に嬉しそうな顔もしなかった。客が帰ると、僅かな言葉しか交さなかったのに、非常に疲れを覚えてるらしかった。

もし秋子が死んだら?

そういう場合の予想が、いつしか順造の頭に巣くってきた。彼はそれに自ら気付いて不安になった。さりとて、彼女をそのまま長く苦しめるのは堪らないことだった。が回復の望みは更に少なかった。腹痛に唸りながら歯をくいしばってる彼女の側に、彼は拳を握りしめた両腕を組みながら、その大きな腹をじっと睥みつけた。切り開いて中の何かを掴み出したら、というような残忍な考えまで起った。

彼女は唸り声をはたと止め、歯をぎりぎり喰いしばって、異常な力の籠った両手を、ぐっと肩の方へ持って来た。見開いた眼が据っていた。痙攣を起したのだった。

腹痛を我慢してるのか痙攣を起してるのか、見極めのつかないこともよくあった。

「もう駄目でしょうか。」と順造は坪井医学士に尋ねた。

「今の所はまだ大丈夫のようですが、然しあの通りの状態ですからね……。」

医学士は多くを語らなかった。