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まぼろしのかなた

幻の彼方

豊島 与志雄

「中央公論」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 41,763 字 · 84 页

青空文庫

黒い影が掠め過ぎた。彼は顔色を変えた。不吉だ! という気がした。向うの室にはいってみると、順一と竜子とが床を並べて寝ていた。秋子が分娩した時の通りの位置だった。

そういうことが幾度もあった。

竜子もいつしか、彼の様子に気付いていた。

「屹度あの骨壷がが」]いけないんですよ。お葬式まで寺へお預けなさいましては?」

彼は取合わなかった。

「私もう嫌でございます。恐くって……戸を閉めにもはいられません。あんな所へ骨壷をを」]お置きなすって、どうなさるおつもりなんでしょう?」

終りを独語の調子で呟いて、何かを見つめるような眼付をしていた。

しとしとと雨が降って、今にも雪になりそうな宵だった。

「じゃあどうしろと云うんだ?」

彼は突き放すつもりで、声の調子を尖らせた。彼女はひるまなかった。

「御自分でなさるのがお嫌でしたら、私が何処かへ片付けます。」

後は怒鳴りつけようとしたが、彼女の様子がいつになく真剣だった。まともにじっと彼の眼の中を覗き込んできた。

「俺がするよ。」と彼は叫んだ。

竜子の勝手にさせてなるものか!

彼は或る懸念に囚えられた。離れの室へ走って行って、押入を開いてみた。