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かげのないはんにん

影のない犯人

坂口 安吾

「別冊小説新潮 第七巻第一二号」1953(昭和28)年9月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,032 字 · 23 页

青空文庫

「そんな小むずかしい薬品を使って毒殺するなんて例は、日本に於ては考えられませんよ」

「なぜですか。戦争に負けた国は、毒薬の使い方もできないものですかねえ」

「一般に、素人がそれを使いこなす生活や知識の基礎がないですからね」

「秘密に勉強できないのですか。たとえばですね。日本人は読み書きの教育が普及していることは世界一だと云われてますが、そういう毒殺の方法が文字に書かれて公表されているとすれば、それでもやはり、日本人は毒薬を使いこなす生活の基礎がないと云えるでしょうか」

「そんな毒薬は一般に入手困難ですよ」

「殺人のためには犯人は必ずや相当の無理はするでしょうね」

「とにかく殺人じゃないです」

「なぜですか」

「今となっては手おくれですよ。解剖しなかったんですから」

というような結論であった。

この会話を交した人物が光一であるから、この会話がたちまち世間へひろがったのは当り前だ。といって、別段警察が動きはじめたわけではないが、前山家の邸内の住人たちがそれぞれ人を疑って大変なのであった。

「やっぱり、やったか。いかにヤブでも、医者には相違ないからな。してみると、生かす薬にくらべると、殺す薬は調合がカンタンらしいな」