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かげのないはんにん
影のない犯人
「別冊小説新潮 第七巻第一二号」1953(昭和28)年9月15日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,032 字 · 23 页
「しかし、玄斎先生のほかにもう一人、花子夫人に云い寄った初老の人がある。芸術家だね。彫刻をやっておる。しかし、気をせかせるばかりで、言説に風情がない」
「アレエ! アンタ、知ってたのか。おどろいた。誰から、きいたね」
「とにかく、性慾の問題です。性慾の強い人が、女に言い寄りもすれば、結局、人を殺すようなことになります」
「よせやい。ろくに女も口説けないような陰にこもった人物が一服もるのだよ」
そうこうしているうちに、花子夫人が行方をくらましてしまった。恋人ができて、東京で新世帯をもったらしい。
行方をくらます前に、道具屋をよんで、相当数の金目の物を売り払った。前山家は財産家であるから、いろいろ金目の書画や骨董類があった。東京の本邸に所蔵していた宝物を焼ける前に別荘へ疎開させておいたから、そっくり残っていたのである。花子夫人が売ったのは、その何分の一かで、全体から見れば微々たる数であったらしいが、彼女が道具屋から受けとった金は三百万か四百万であったという話であった。光一は、義母が宝物の一部を売るのを知っていたが、黙っていた。いや、そればかりではない。義母に恋人ができたことを早くから知っていたが、見て見ぬフリをしていたのである。