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うしろたてやまはかしまやりがたけにあらざるか
後立山は鹿島槍ヶ岳に非ざる乎
木暮 理太郎
「山岳」1917(大正6)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,698 字 · 15 页
の黒部川の水系を記述した文には斯う書いてある。
水源より凡三里にて西側より下り谷落合、更に下ること約三十町にして、東の方より岩苔谷落合ひ、凡そ三里にして南の方より中岳谷落合、一里にて東の方より針木谷落合、其の西側よりは越中沢落合、立山の東にて御前沢谷落合、凡そ一里許りにして東より栂谷落合、西岸より内蔵助谷落合、更に東岸より後立山谷落合、東岸よりは餓鬼谷落合、更に欅平の向に於て東岸より祖母谷川落合云々。
御前谷の下凡そ一里許にして、内蔵助谷と相対して東から落ち込む沢といえば、赤沢である。乃ち栂谷は赤沢と同じ沢であることが分る。従って栂谷頂とあるものは赤沢岳と異名同山でなければなるまい。
前記の推定に拠って山見廻りの道筋を想像して見ると、針木岳附近から尾根伝いに赤沢岳に登り、更に進んで後立山の続際まで行き、「前文の道筋通り信州路へ移り」とあるから、其辺の道筋を辿って信州方面へ出で、針木峠を越えて出発点に帰着したのであろう。尤もスバリ、赤沢共に、信州細野入より黒部山へ入込む向寄の箇所とは受け取れぬ、細野入からは反て五竜、唐松、白馬の方へ入込むのが順であるが、当時細野入から黒部山へ入込む者があるという風聞があったので、見廻りの役人は唯だ風聞の儘そう書いたものと大ざっぱに解釈してよかろうと思う。