轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

うしろたてやまはかしまやりがたけにあらざるか

後立山は鹿島槍ヶ岳に非ざる乎

木暮 理太郎

「山岳」1917(大正6)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,698 字 · 15 页

青空文庫

だいら川ハ加賀川ノ入ニテ、野口沢本谷ノ北すばり越ト云フ辺ヨリ奥ヘハ通路ナシ。此すばり越ノ辺マテモ山師杣人ノ外ハ行クコトナシ、夫ヨリ北方ニさら/\越トイフ所アリ、昔シ天正年中信長公ノ臣佐々内蔵助、越中国ヨリ此さら/\越ヲ通リテ、当国ヘ来ルコトアリシト云伝ヘタルハ、此辺ヲ越テ加賀川ニ沿ヒ、野口村ノ方ヘ出テタリトカヤ。だいら川ヨリ越中国立山ノ信濃堂ナトイフ所見ユ、山伝ヒニ立山マテ五里許リモアルヘキナリ、是ヨリ越後越中信濃三国界マテノ中モ国境分明ナラス。)

という記事がある。勿論此書は松本藩の編纂したものであるから、他領の山川には不行届の点もあろうが、兎に角すばり越という名の方が信州では普通に行われていたものと見ることが出来よう。針木峠という名は越中方面の称呼であったものが、後に一般に行われるようになったものと想像して不都合はあるまい。此等から推して私は小狭をスバリと読み、現今の針木岳スバリ岳等を指したものと認めたい。『越中遊覧志』に所謂針木に当るものである。

栂谷頂というのは『遊覧志』の所謂栂で、越中の称呼である。其沢はどの沢に当るかというに、『下新川郡史稿』