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びしょう
微笑
豊島 与志雄
「雄弁」1919(大正8)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,995 字 · 43 页
「吾々はいつも馬鹿げた遠慮を持ち合してるものだ」とも考えた。
或る寒い夜だった。私はいつもの通り坂口の家から十二時を打つと間もなく出て来た。深い靄がかけていた。街灯の光りがぼやけて、物の輪廓が朧ろになっていた。そのくせ空を仰ぐと星の光りが冴えて冷たかった。改札口をはいって階段を下りてくると、私は其処らをぐるりと見廻した。歩廊の柱の影に彼がぼんやり立っていた。私は何のこともなく安心を覚えた。彼も私の方をじろりと眺めたが、それから何と思ってか急にあちらこちら歩き出した。
七八人の乗客が電車を待っていた。電車は中々来なかった。待合所の中に両袖を前に畳み合して腰掛けていた婆さんが、時々外に出て来て線路の上を遠く見渡したが、何やらぶつぶつ口の中でいい乍らまた元の席へ帰っていった。婆さんが三度目にそうした時、私のと反対の電車が来た。婆さんはそれに乗った。三人ばかりの他の客もそれに乗った。そして三四人の者が後に取り残された。急に寒くなったような気がした。待合所の中へはいって火鉢の中を覗くと、消えかかった白い炭が灰の中からかき出されたまま転っていた。足の先をかざしてみたが、少しも暖くなかった。