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びしょう
微笑
豊島 与志雄
「雄弁」1919(大正8)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,995 字 · 43 页
私は壁に掛ってる時間表や地図や広告のビラなどを眺めたり、片隅に置いてある肥料の切れたらしい鉢植の菊を嗅いでみたりした。その間かの男は歩廊の縁を行ったり来たりしていた。待合所の硝子の窓越しにその姿を見ていると、私もその真似がしてみたくなった。で外に出て、歩廊の反対の縁を歩いてみた。一歩ふみ外せば、三尺ばかりの低い線路だ。黒ずんだ枕木と砂利との上を、二条のレールが走って金属性の冷たい青白い光りに輝いていた。そして電灯の光りが透さない遠い闇の中に、吸われるように消えていた。
どうしたのか電車はいつまでも来なかった。反対の電車がも一つ通りすぎても来なかった。乗客は六七人になった。皆待ちあぐんでいた。何か故障があったのではないか、人でも轢いたんではないかしら? 私は不安になって来た。
その時重い響が遠くに聞えるような気がした。私は初めてほっとして上野行きの電車が来る線路の縁の方へ行った。他の者も其処に集った。然し電車は来なかった。重い響きは、線路の向うを渡してある橋の上を荷車が通るのであった。馬鹿に大きな荷を積んだ車を、前と後とに二人の男がついて挽いていた。