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てっしたこじんしゅぎ
徹した個人主義
佐藤 春夫
「神港新聞」神港新聞社、1959(昭和34)年5月4日
N3 · 进阶 · 新字新假名 · 880 字 · 2 页
荷風先生のお人柄、文業などは、簡単に語れない。僕は十九年秋、南方に従軍のとき、お別れに麻布のお屋敷に伺ったきりその後お目にかかる機会もなく今日に及んでいる。僕のところへ出入りする一人に、江東方面に住むのが、浅草へ出る荷風先生とよく電車の中で落ち合うが近ごろは橋を降りてきた先生に息切れしている様子が見え、また乗込んだ電車の中で、何やらひとりごとをつぶやいているなど以前は見かけなかったご様子をよく見て老衰がはなはだしいように思うがと、わざわざ電話をしてくれたのは一カ月も前であったろうか。それから、これはつい一カ月ほど前のこと、これも僕の友人で、以前は時々同伴して先生を訪問したことなどもある人が、先生のウワサをして、近ごろ先生は浅草新仲店の何がし(あいにくと思い出せない)へお昼すぎに毎日食事へ行かれると聞いたので店のマダムにたしかめてみると、その二週間ほど前にその店を、加減が悪いと食事半ばに立ちでたままお出でがないという。その時先生は軽く「なに貧血かなんかおこったのだ。よくあることだ。心配するな」と車を用意しようかというマダムの言葉を拒んで立ち上ったが、いかにも苦しそうに見えたという。