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こころのかわ

心の河

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,442 字 · 37 页

青空文庫

――御免遊ばせ」と媚さえすればすぐ許し更に優しい数言を添えて額に一つの接吻を与える心持のあることは、これもありありと示している。

さよは、一旦鎮った感情がまた擾れるのを感じた。彼女は、保夫が上手に見せびらかしているものが、真実欲しかった。けれども、その欲しさに、うっかり負け、彼が暗に望んでいる通り、これまで云った総てを「御免なさい」と云うべきものと承認することは、彼女として堪らなかった。彼女は、自分に当然この戦いが起るのを知りながら、彼によって目醒まされたばかりの新鮮な、感じ易い本能を先ず誘おうとする保夫の無慈悲さに、憎しみさえ感じた。

彼女の裡で、再び野蛮人があばれだした。さよは心の中で呻いた。「死んじまえ! 死んじまえ! 意地わる。貴方はどこまで私を苦しめるか」……

暗く瞳を燃して良人の横顔を見据えていたさよは、ふと、彼が、何ともいえず陰鬱な陰を頬に浮べたのを見とがめた。彼女の神経に、きらりと或るものが閃いた。さよは、引つりとも薄笑いともつかない歪みを口辺に漂わせながら、のろのろ低声で保夫に尋ねた。

「何を思っていらっしゃるの。――同じこと? 私と同じこと?」