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しんれいさつじんじけん

心霊殺人事件

坂口 安吾

「別冊小説新潮 第八巻第一四号(創作二十二人集)」1954(昭和29)年10月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,557 字 · 52 页

青空文庫

。忙しい人間なんですが、よくよくでなくちゃアこんなことはありません。母が死んだ翌日ももう東京へでかけたんですからね。よほどの期待があるんですよ。いえ、何かただならぬコンタンがあるんですよ。さもなくちゃアこんな例外がある道理がありません。ぼくもね、ビルマから変な奴に乗りこまれちゃア先が真ッ暗になッちまうもんですから、旦那だけが頼みの綱で。どうか、まア、よろしくお頼みいたします」

三拝九拝のていで、くれぐれも頼んで戻ったのである。

その晩八時に勝美とミドリの車に迎えられて九太夫が後閑仙七の邸へついてみると、応接室には男の先客が二人いた。一人は勝美の良人茂手木文次、他の一人はミドリの良人岸井友信であった。岸井は同じ旅館業であるから組合の会合なぞで顔を合わせて知り合った間柄だが、茂手木の方は東京住いの勤め人であるから初対面だ。しかし一見したとき、ハテ、見た顔だなと思ったのである。

九太夫は商売柄、注意力、観察力、記憶力なぞが非常によい。ちょッと印象に残った顔は電車に乗り合わせただけの顔でも季節場所なぞと共にその顔を忘れないようなタチである。茂手木を一目見て、これは軍隊で見た顔だと思った。