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おもいでぐさ

思い出草

岡本 綺堂

「木太刀」1910(明治43)年11月、1911(明治44)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,303 字 · 11 页

青空文庫

後に思えば例の三馬の『浮世風呂』をそのままで、茶を飲みながら将棋をさしている人もあった。

時は丁度五月の始めで、おきよさんという十五、六の娘が、菖蒲を花瓶に挿していたのを記憶している。松平紀義のお茶の水事件で有名な御世梅お此という女も、かつてこの二階にいたということを、十幾年の後に知った。

その頃の湯風呂には、旧式の石榴口というものがあって、夜などは湯烟が濛々として内は真暗。加之その風呂が高く出来ているので、男女ともに中途の蹈段を登って這入る。石榴口には花鳥風月もしくは武者絵などが画いてあって、私のゆく四丁目の湯では、男湯の石榴口に『水滸伝』の花和尚と九紋龍、女湯の石榴口には例の西郷・桐野・篠原の画像が掲げられてあった。

男湯と女湯との間は硝子戸で見透すことが能た。これを禁止されたのはやはり十八、九年の頃であろう。今も昔も変らないのは番台の拍子木の音。

五 紙鳶

春風が吹くと、紙鳶を思い出す。暮の二十四、五日頃から春の七草、即ち小学校の冬季休業の間は、元園町十九と二十の両番地に面する大通り(麹町三丁目から靖国神社に至る通路)は、紙鳶を飛ばす我々少年軍に依て殆ど占領せられ、年賀の人などは紙鳶の下をくぐって往来した位であった。