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おもいでぐさ
思い出草
岡本 綺堂
「木太刀」1910(明治43)年11月、1911(明治44)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,303 字 · 11 页
口を明いて獅子を見ているような奴は、一概に馬鹿だと罵られる世の中となった。眉が険しく、眼が鋭い今の元園町人は、獅子舞を観るべくあまりに怜悧になった。
万歳は維新以後全く衰えたものと見えて、私の幼い頃にも已に昔の俤はなかった。
七 江戸の残党
明治十五、六年の頃と思う。毎日午後三時頃になると、一人のおでん屋が売りに来た。年は四十五、六でもあろう。頭には昔ながらの小さい髷を乗せて、小柄ではあるが、色白の小粋な男で、手甲脚袢の甲斐甲斐しい扮装をして、肩にはおでんの荷を担ぎ、手には渋団扇を持って、おでんやおでんやと呼んで来る。実に佳い声であった。
元園町でも相当の商売があって、わたしも度々買ったことがある。ところが、このおでん屋は私の父に逢うと相互に挨拶する。子供心にも不思議に思って、だんだん聞いて見ると、これは市ヶ谷辺に屋敷を構えていた旗下八万騎の一人で、維新後思い切って身を落し、こういう稼業を始めたのだという。あの男も若い時には中々道楽者であったと、父が話した。なるほど何処かきりりとして小粋なところが、普通の商人とは様子が違うと思った。その頃にはこんな風の商人が沢山あった。