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あやしのやかた

怪しの館 短編

国枝 史郎

国枝史郎『怪しの館 短編』。同一底本的分册已合并为一书。收入:怪しの館、一枚絵の女、犬神娘、開運の鼓、猿ヶ京片耳伝説、日置流系図、北斎と幽霊。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 81,915 字 · 165 页

青空文庫

吉之助様は門口まで突き進んでいました。

でももうその時にはその女は、湯呑みと盆とを両手に持って、こちらへ引っ返して来ていました。

「とんだ粗相をしたってことさ」

土間へはいると伝法な口調で、でもいくらか恥じらった様子で、こうその女は申しましたっけ。

「妾ア湯呑みをひっくりかえしてしまったよ……。お給仕されることには慣れているけれど、することには慣れていないんだねえ。……姐さんあんたから上げておくれよ」

で、わたしはホッといたしまして、胸をなでおろしましてございますが、不意にその時わたしの横手で、

「おいどうだった?」

という男の声が、囁くように聞こえましたので、そっとその方へ眼をやって見ました。

四十そこそこらしい旅姿の男が、ご上人様へお茶をあげた例の女の側に、佇んでいるではございませんか。合羽を着、道中差しを差し、両手を袖に入れている恰好は、博徒か道中師かといいたげで、厭な感じのする男でした。三白眼であるのも不快でした。

「駕籠の中のお方はご婦人だよ」

これが女の返事でした。

ご上人様を京都から抜け出させて、薩摩へ落とすよう計らいましたのは、近衛殿下なのでございます。