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こいをこいするひと

恋を恋する人

国木田 独歩

「中央公論」1907(明治40)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,195 字 · 17 页

青空文庫

ただ夢中です、身も世もあられぬ悲嘆さを堪え忍びながら如何にもして前の通りに為たいと、恥も外聞もかまわず、出来るだけのことをしたものです。」

「それで駄目なんですか。」

「無論です。」

「まア、」とお正は眼に涙を一ぱい含ませている。

「僕が夢中になるだけ、先方は益々冷て了う。終いには僕を見るもイヤだという風になったのです。」そして大友は種々と詳細い談話をして、自分がどれほどその女から侮辱せられたかを語った。そして彼自身も今更想い起して感慨に堪えぬ様であった。

「さぞ憎らしかッたでしょうねエ、」

「否、憎らしいとその時思うことが出来るなら左まで苦しくは無いのです。ただ悲嘆かったのです。」

お正の両頬には何時しか涙が静かに流れている。

「今は如何なに思っておいでです」とお正は声をふるわして聞いた。

「今ですか、今でも憎いとは思っていません。けれどもね、お正さん僕が若し彼様な不幸に会わなかったら、今の僕では無かったろうと思うと、残念で堪らないのです。今日が日まで三年ばかりで大事の月日が、殆ど煙のように過って了いました。僕の心は壊れて了ったのですからねエ」と大友は眼を瞬たいた。