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おそろしきさくご
恐ろしき錯誤
江戸川 乱歩
「新青年」博文館、1923(大正12)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,075 字 · 46 页
「併し、対手のトリックは、もっと簡単でしかも自然だったではないか。世の中には、極めて些細な原因が、非常に重大な結果を招くことがあるものだ。このつまらないメダルと、古ぼけた切抜き写真が、一人の人間の一生の運命を左右する偉大な力を持っていないと誰れが断言出来るだろう。
野本にしろ、井上にしろ、松村にしろ、この金メダルを見忘れている筈はない。殊にこの蓋の表面のヴィーナスの浮彫りは、あの頃俺の室へ来た程の青年達が皆熟知している筈だ。彼等が妙子の噂をし合う時には、いつもその本名を呼ぶ代りに、メダルの模様から思いついた『ヴィーナス』という渾名を使っていた程ではないか。今若し、彼等の内の誰かが、妙子の手文庫の底深く秘めていた、このメダルの中に、自分の写真が貼付けてあったと知ったなら、どんなに狂喜することだろう。と同時に若しその誰かが、妙子を焼殺した本人だったら、その男の悲痛はまあどれ程だろう」
実を言えば、越野氏の教えて呉れた三人の中では、北川氏は野本氏を最も疑っていた。だが、他の二人とても妙子に無関心であった筈はないのだから、疑って疑えないことはなかった。そこで、最も嫌疑の重い野本氏を最後に残して、先ず、井上、松村の両氏に、北川氏自から名案と信ずる、このメダルのトリックを試みることにしたのだった。