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あくむ

悪夢

豊島 与志雄

「改造」1923(大正12)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,930 字 · 32 页

青空文庫

いや兄ばかりではない、そういう生活を自らした者以外には、誰にだって分りはしない。

私は書きかけの手紙を裂き捨てて、立上って室の中を歩き廻ったが、そのままの足でふらりと外に出た。然し私がそうして街路を歩いたのは、ただ運動のための散歩や、苦しい思いに駆られた歩行などとは全く異った意味のものだった。私は室の中を歩き廻ってるうちに、地面の上を、しっかりした大地の上を、馬のようにぽかっぽかっと歩いてみたくなったのである。出来ることならば、冷々とした黒土の上を跣足で踏みつけてみたかった。余し外に出てみると、跣足になることが出来なかったばかりでなく、私の足は自ら、賑やかな大通りの方へ向いてしまった。

陰欝な曇り日の、夕方近い薄ら影に包まれた街路は、妙に落付きのない雑踏を示していた。人道にも、車道にも、異った二つの調子が現われていた。やけに速力を早めた自動車や自転車と、ゆるゆると歩いてる空の荷馬車とが、不調和に入れ乱れていたし、また、煙草でもふかしながら――実際に紙巻をくわえてる者もそうでない者もあったが――ぶらりぶらり歩いてる人々と、何か風呂敷包でも下げながら――実際に荷物を持ってる者もそうでない者もあったが――慌しげに小足を早めてる人々とが、くっきりと際立っていた。