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あくむ

悪夢

豊島 与志雄

「改造」1923(大正12)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,930 字 · 32 页

青空文庫

それからそれへと思い出に耽ってるうちに、私の頭の中にはいつしか、二つの小さなものがぽつりと据えられていた。何もかも遠くぼんやりとしてる中に、その二つだけが、如何にも小さくはあるが、如何にもはっきり浮び出していた。その一つは、広い自然の中に埋もれて、額の汗で自分の食物を育て上げてる、兄の小さな姿だった。他の一つは、自然の中から根こぎにされて、都会の人波の中に溺れながら齷齪してる、自分自身の小さな姿だった。そして私は、久しぶりで人間らしいしみじみとした気持になって、兄へ手紙を書き初めた。

所が、その手紙がどうしても出来上らなかった。一通り時候の挨拶や無沙汰の詫びなどをして、さてその次に書くべき事柄が見当らなかった。近頃の様子を知らしてくれと兄は云ってるが、何を今改まって知らせるべきことがあったろうか? 朝起きてから夜眠るまでの、毎日同じような生活をか? いやそんなことは兄が既によく知ってる事柄である。何にも変ったことはないと云えばそれまでだけれど、田舎の生活と違って都会の生活では、変らないということは文字通りに無変化を意味する。それが兄に分るものか。