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あくりょう
悪霊
江戸川 乱歩
「新青年」博文館、1933(昭和8)年11月~1934(昭和9)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,980 字 · 67 页
熊浦氏の荒屋は同じ中野の、黒川邸から七八丁隔った淋しい場所にあって、丁度その中間に森の深い八幡神社がある。僕もその八幡神社へは行ったことがあって、よく知っていた。この妖怪学者は、天日を嫌って昼間は余り外出しない癖に、深夜人の寝静まった時などを歩き廻る趣味を持っていると聞いていたが、昨夜もその夜の散歩をしたのであろう。
「それは本当ですか」
僕が聞返すと、熊浦氏は鬚の奥で幽かに笑った様に見えたが、
「本当だよ。僕が歩いていると、ヒョッコリ、社殿の、横の、暗闇から、飛び出して、来たんだ。常夜燈の電気で、ボンヤリ、庇髪と、矢絣が見えた。だが、僕が、オヤッと、気がついた時には、そいつは、もう、非常な勢で駈け出していたんだよ。わしは、足が、悪いもんだから、到底、かなわん。追っかけたけれど、じきに、見失った。恐ろしく、早い奴だったよ。女の癖に、まるで、風の様に走りよった。あとで、境内を、念入りに、歩き廻って見たが、もうどこにも、いなかったがね」
「ですが、その変な女は、案外犯罪には何の関係もない、気違いかなんかじゃないでしょうか。気違いなら知合でなくったって、どこの家へでも入って行くでしょうし、夜中に森の中をさまよう事もあるでしょうからね。