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あくまのでし

悪魔の弟子

浜尾 四郎

「新青年」1929(昭和4)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,202 字 · 51 页

青空文庫

犯罪史を繙いて、犯罪の暴露の経過を見ると、犯人にとって最も危険なのは彼自身の良心です。彼等は勇敢に犯行をなすに不拘、犯行後極めて臆病です。若し彼等が、犯罪を行った時と同様の図々しさをもって居たなら、恐らくは彼等の犯罪が発見しなかったであろう事は、多くの犯罪事実の示す所です。

ところで此の点に就いては私は甚しく楽観的でした。私は悪魔の子です。私は良心というものを殆ど失っている筈です。而もどの程度に失っているかという事は実際、殺人をやった上でなければ畢竟判らない問題です。従って之について余りに頭を悩ますのは愚である事を悟りました。ともかく勇敢に行え、その上犯行後に於ては更に勇敢なれ、と自分で自分に命じたのです。

次は殺人の方法です。之が最も重要な問題でした。

一部の殺人者や探偵小説に出て来る犯人は、死体の始末に就いて非常な苦心をして居ります。私はこの事の愚なることを先ず考えました。ドリヤン・グレーが画家の死体を始末したような、ああいう薬を手に入れない以上、ここに頭をつかうのは極めて愚であることを思いました。死体は死体のままで放置しておいてよい筈です。