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おろかないちにち

愚かな一日

豊島 与志雄

「太陽」1920(大正9)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,045 字 · 29 页

青空文庫

看護人はどうしても女性に限る。――そういう点から彼は、思索……というより寧ろ夢想の糸口をたぐっていった。すると先日、妻が用達しに出かけていた時、見舞に来ていた秀子とぽつぽつ意味もない話をしていた時、ふと窓硝子が人の息に曇る位の軽やかな心地で、もし僅かな事情の差があったら自分は秀子と結婚していたかも知れない、というようなことを、これからでも何かの機会で秀子と恋し合わないとも限らない、というようなことを、感じたことがあったのを思い出した。凡てのことは偶然の機会によって決定されまた偶然の機会によって覆えされ得る、というような気がしてきた。平素安心して信頼しきってることもいつどうなるか分らないような不安な気がしてきた。凡ては気まぐれな運命の僅かな歩み方に懸ってるような気がしてきた。――自分は何かのことで秀子を恋するようになるかも知れない。そして自分の妻も何かのことで、例えば……瀬川を恋するように……。

其処までくると、彼の夢想はぐるりと一つ廻転した。――瀬川だって、何かのことで自分の妻を恋するようになるかも知れない。瀬川がああやって自分を訪ねて来てくれるのも、妻が居るからかも知れない。