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けんせいのほんぎをといてそのゆうしゅうのびをなすのみちをろんず
憲政の本義を説いてその有終の美を済すの途を論ず
吉野 作造
「中央公論」中央公論社、1916(大正5)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 85,839 字 · 169 页
故に第三の憲法(一七九五年)では再び間接選挙で、少額の納税資格を認むるという昔の制限制度に復った。かくて革命当初は、財産上の制限は表面割合に軽かったけれども間接選挙制なるとまた年齢の制限が頗る高かったので、畢竟実際の制限は相当に高いものであった。しかるに一八一四年の王政復古の憲法に至っては、著しく反動的分子を加え、選挙権享有の納税資格は、三百法以上、被選挙権の方は千法以上という途方もない高いものとなった。後年多少の低減を見たけれども、その制限の高き、有権者は僅かに千分の三を算え、一八三〇年の七月革命の結果、更に財産的制限を二百法に下げても、なお有権者の数は人口総数の千分の六に過ぎなかった。今日世界において最も制限の高き我が国の現制に比してなお五十分の一である。こういう形勢であったから、仏国の民衆は間もなく制限の撤廃を要求して大いに反動的勢力と争うたのである。しかしてこの運動は一八四八年の二月革命において漸くその目的を達した。これより仏蘭西は普通選挙制を取り、以て今日に到って居る。
さて制限の撤廃に因りて、議会を改造すべしとの要求は、これと同じ理由で以て、仏国以外にも当時盛んに唱えられたのである。