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わがはいはなぜいつまでもすべてにおいておとろえぬか

我輩は何故いつまでもすべてに於て衰えぬか

大隈 重信

「実業之世界 第五号第五巻」1908(明治41)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,415 字 · 5 页

青空文庫

我輩はどうして修養するか

この場合に於ては精神が非常に興奮しているからである。即ち精神の力が体力に勝つのだ。我輩はこれを称して精神が物質を支配するのだといっている。戦争の場合とても全く同じ事である。そこで我輩はこれらの点から考えて、気力身体の衰えると否とは年齢の関係ではなく、修養の如何にありと信ずるのである。

我輩はどうして修養するか

然らばどういう風に修養するかというと、つまり何事も楽観的に見て行けばよい。およそ人には老若男女の別なく皆希望というものがある。まず生れると直ぐ乳を飲みたがる。それから生長するに随って様々の希望が起り、それを満足せしめんとして皆働いているのである。しかしながら世の中の事はなかなか思う様に行くものではない。失敗もする。挫折もする。これを商人に譬えていえば、物品を廉く買って貴く売りたいというのがその希望であろうが、時に相場が下がったり、品物が毀損したりして甘く行かぬ事がある。この損が酷いとついに破産という様な悲運に陥るのである。普通の人はここで煩悶し愚痴をこぼすが、人間愚痴をこぼす様ではおしまいである。失敗は世の常、煩悶するにも及ばぬ。悲観する必要もない。