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あるおんな

或る女

有島 武郎

2(後編)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,655 字 · 406 页

青空文庫

「しかし倉地は妻や娘たちをどうするのだろう」

こんな事をそんな幸福の最中にも葉子は考えない事もなかった。しかし倉地の顔を見ると、そんな事は思うも恥ずかしいような些細な事に思われた。葉子は倉地の中にすっかりとけ込んだ自分を見いだすのみだった。定子までも犠牲にして倉地をその妻子から切り放そうなどいうたくらみはあまりにばからしい取り越し苦労であるのを思わせられた。

「そうだ生まれてからこのかたわたしが求めていたものはとうとう来ようとしている。しかしこんな事がこう手近にあろうとはほんとうに思いもよらなかった。わたしみたいなばかはない。この幸福の頂上が今だとだれか教えてくれる人があったら、わたしはその瞬間に喜んで死ぬ。こんな幸福を見てから下り坂にまで生きているのはいやだ。それにしてもこんな幸福でさえがいつかは下り坂になる時があるのだろうか」

そんな事を葉子は幸福に浸りきった夢心地の中に考えた。

葉子が東京に着いてから一週間目に、宿の女将の周旋で、芝の紅葉館と道一つ隔てた苔香園という薔薇専門の植木屋の裏にあたる二階建ての家を借りる事になった。それは元紅葉館の女中だった人がある豪商の妾になったについて、その豪商という人が建ててあてがった一構えだった。