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あるおんなのしゅき

或る女の手記

豊島 与志雄

「婦人倶楽部」1920(大正9)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,447 字 · 37 页

青空文庫

彼の姿が見えないと、災難を免れたような気がした。けれども、それはごく稀れであった。

私は近所に、同じ学校へ通うお友達を持たなかった。所が或る日、親しいKさんが私の家へ遊びに来るというので、二人で学校の帰りに、お寺の前を通りかかった。その時もまた、彼が箒を持って立っていた。私が足早に通りすぎるのも構わずに、Kさんはゆっくりした足取りで歩きながら、彼の方をじろじろ見返してるらしかった。そして私に追いつくと、Kさんはこう仰言った。

「いやな坊さんね!」

私は何と答えていいか分らなかった。けれどもその頃から、彼の様子の変った原因は皆私にあることを、はっきり感じてきた。そして、その感じがはっきりすればするほど、益々私は途方にくれた。私は絶えず脅かされ続けた。こうして私の若い生命は、どんなにか毒されたことであろう。

七月の或る朝、私は少し時間を後らして、急ぎ足でお寺の前を通りかかった。するとやはり彼が、箒を持ったまま、御門の柱によりかかって立っていた。私はそれをちらりと見ただけで、顔を俯向けて通りすぎた。そして十歩も行かないうちに、彼が私の後をつけてくるのを、はっきり感じた。